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東京高等裁判所 平成12年(行ケ)34号 判決

原告

訴訟代理人弁理士

被告

特許庁長官C

指定代理人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成8年審判第12735号事件について平成11年12月14日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨の判決

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「包装用容器」とする別添審決書写し別紙第一の意匠(平成6年4月26日出願、特願平6-12316号。以下「本願意匠」という。)につき意匠登録出願をしたが、平成8年7月5日、拒絶査定を受け、これに対する審判を請求した。特許庁は、同請求を平成8年審判第12735号事件として審理した結果、平成11年12月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同月27日、原告に送達された。

2  審決の理由の要旨

審決の理由は、別添審決書写し記載のとおりであり、本願意匠が、別添審決書写し別紙第二の意匠(意願昭49-28564号。以下「引用意匠」という。)に類似するから意匠登録を受けることができないというものである。

第3審決の取消事由

1  意匠に係る物品の差異の看過

包装用容器には、具体的な用途及び機能を異にする様々な物品が存在し、本願意匠に係る物品は、容器の形状を変化させることにより収納物を容器外へ絞り出す伸縮性の包装用容器である。引用意匠は、液体を収納保管するための、硬質性の非伸縮性容器であって、本願意匠に係る物品とは本質的な差異を有する。

2  構成態様の認定の誤り

(1)  基本的構成態様

本願意匠の基本的構成態様は、「稍縦長」ではなく、「正に縦長」又は「極めて縦長」というべきものであり、また、「略円筒状」ではなく、「略錐台筒状」というべきである。これを「稍縦長」かつ「略円筒状」であるとする審決の認定は誤りであり、これを前提として、本願意匠が引用意匠と基本的構成態様において一致するとした審決の認定も誤りである。

(2)  具体的な態様

イ 本願意匠は、蛇腹の幅が上端部において厚く、下端部において薄いから、「ほぼ同一の間隔」で連続するものではない。

ロ 本願意匠の蛇腹の数は12個であって、10個前後であるとはいえない。

ハ 本願意匠の頂面は、「全体が突弧面状を呈する」ものであって、「平たく閉じられ」ているとする審決の認定は誤りである。

ニ 本願意匠の口部の径は、上方頂面部の容体径の3分の1程度、下方底面部の容体径の5分の1程度であって、「容体径(中心付近の径)の4分の1程度」のものとはいえない。

3  差異点の看過

(1)  審決は、本願意匠に係る物品が伸縮性容器であり、引用意匠に係る物品が非伸縮性容器であるという本質的な差異を看過した誤りがある。

(2)  本願意匠は、通常伸張時と縮退時とがあり、両態様に基づく総合的な対比がされるべきである。通常伸張時のみを対比する審決の判断は失当である。

(3)  本願意匠の基本的構成態様は、「正に縦長」又は「極めて縦長」というべきものであり、引用意匠のような「稍縦長」ではなく、また、「略錐台筒状」であって、引用意匠のような「略円筒状」ではない。審決は、基本的構成態様における両意匠の差異点を看過している。

(4)  本願意匠は、蛇腹の幅が上端部において厚く下端部において薄いものであって「ほぼ同一の間隔」で連続する引用意匠とは異なり、蛇腹の形態が「突弧面状」であって「直線状」の引用意匠とは異なり、本願意匠の蛇腹の数は12個であって、9個である引用意匠とは異なる。また、頂面の段部、口部の螺旋条の態様及び底部の凹凸は特徴的であって、これら本願意匠と引用意匠の差異点に照らすと、両意匠が類似するとの審決の判断は失当である。

第4被告の反論

1  意匠に係る物品の差異

本件意匠及び引用意匠は、共に、意匠に係る物品を「包装用容器」とするものであって、物品の区分を共通にするものであるうえ、伸縮性のある包装用容器であるという点でも共通する。両意匠に係る物品が一致するとした審決の認定に誤りはない。

引用意匠は、その願書に添付された図面に伸縮する旨の記載等がないが、願書に添付された図面それ自体から伸縮の前後にわたる形状等が明らかに認識できる内容のものである場合には、そのような図面を作成する必要はない。したがって、引用意匠の願書に添付された図面に伸縮する旨の記載がないからといって、その物品が伸縮しないということはできない。また、引用意匠に係る物品が非伸縮性のガラス瓶等であれば、内周面が平坦面状に現れることが普通であることなどから、これが非伸縮性のものとは認められない。

2  構成態様の認定

(1)  基本的構成態様

従来の蛇腹容器に比べると、本願意匠の基本的構成態様は、「稍縦長」というべきものであり、また、本願意匠の基本的構成態様は、円筒状であって、下方に広がっていることを考慮しても、その傾斜の程度はわずかであるから、「略円筒状」であるとする審決の認定に誤りはない。

(2)  具体的な態様

イ 審決が「ほぼ同一の間隔」としたのは、蛇腹の山線と谷線の間の間隔であり、両者の間隔に差がないとした審決の認定は正当である。

ロ 本願意匠の蛇腹の数は、一見して認識される程少ないものではなく、また、数えることに意味がないほど極めて多数のものでもないから、10個前後であるとした審決の認定に誤りはない。

ハ 本願意匠の頂面は、さほど大きく盛り上がったものではないから、蛇腹容器のように頂面に幅広い可変性のある容器にあっては、「平たい」と認定して差し支えないものである。

ニ 本願意匠の口部の径は、容体のおおよその径との比率を見ると、「容体径(中心付近の径)の4分の1程度」のものということができる。

3  差異点の看過

(1)  審決認定のとおり、本願意匠と引用意匠に係る各物品は、いずれも伸縮性容器であって、この点で、審決は両意匠に係る物品の差異を看過していない。

(2)  本願意匠について、その縮退時の態様は特徴的形態ではない。また、引用意匠に係る物品も、伸縮すると解すべきである。同物品の縮退時の態様は、蛇腹としての構造がその具備する機能に従ってそのまま縮退した態様であるから、通常伸張時の態様がその変化する態様も含むものとして認定されるべきものである。

(3)  本願意匠の基本的構成態様は、「稍縦長」かつ「略錐台筒状」であって、引用意匠の基本的構成態様との差異点はない。

(4)  本願意匠の蛇腹の幅、形態及び数に関する審決の認定は正当であり、審決はこれらの差異点を看過していない。頂面の段部は、包装用容器の分野において特に特徴的なものではなく、口部の螺旋条は看者の目を引くところではなく、底部の凹凸も極小さいものであって、本願意匠と引用意匠が類似するとした審決の判断に影響を及ぼすものではない。

第5当裁判所の判断

1  意匠に係る物品の差異の看過

本願意匠及び引用意匠は、共に、意匠に係る物品を「包装用容器」とするものであって、意匠に係る物品を共通にするものである。原告は、本願意匠に係る物品が伸縮性の包装用容器であるのに対し、引用意匠に係る物品が非伸縮性容器であって本願意匠に係る物品とは本質的な差異を有するというが、両意匠が伸縮性かどうかの点は、意匠の形態を把握する際に問題となることはあっても、意匠に係る物品の差異とは次元を異にする問題である。両意匠について意匠に係る物品が同一であるとした審決の認定に誤りはない。

2  構成態様の認定の誤り

(1)  基本的構成態様

本願意匠は、一見して縦長であることが看取されるが、細長いと感じられる程のものではないから、その形態を「極めて縦長」と表現すべきではない。これを「稍縦長」と表現するか、「正に縦長」と表現するかについては、本願意匠の基本的構成態様を把握するに際して、さしたる差異があるものではないから、これを「稍縦長」と表現した審決の認定に誤りはない。

また、本願意匠は、下方にやや広がった形態であって、原告主張のように「錐台筒状」と表現されるものであるが、下方への広がりがさほど顕著なものではないから、これを「略円筒状」と表現する審決の認定も誤りということはできない。

審決は、本願意匠の上記基本的構成態様を誤りなく把握したうえで、これを「稍縦長」、かつ、「略円筒状」であると表現しており、また、両意匠の上記差異は認めつつ、これらが「稍縦長」、かつ、「略円筒状」である限りで一致すると認定しているのであるから、一致点の認定においても誤りはない。

(2)  具体的な態様

イ 審決が「ほぼ同一の間隔」と認定したのは、蛇腹の間隔についてであるというべきである。確かに、本願意匠における蛇腹の間隔は、注意深く観察すると、わずかに上端部において厚く下端部において薄いが、その程度はわずかであるから、蛇腹が「ほぼ同一の間隔」で連続すると表現した審決の認定に誤りはない。

ロ 本願意匠の蛇腹の数は12個であるから、これを「10個前後」と表現した審決の認定に誤りはない。

ハ 本願意匠の頂面は、「全体が突弧面状」であって、「平たく閉じられ」ているとする審決の表現は、やや意を尽くしていないといわざるを得ないが、本願意匠の頂面は、さほど大きく盛り上がったものではなく、また、横長であるという限りにおいて、これを「平たい」と表現した審決の認定が誤りであるとまではいえない。

ニ 本願意匠の口部の径は、上方頂面部の容体径の3分の1程度、下方底面部の容体径の5分の1程度であるが、口部の径が中心付近の容体径の4分の1程度であるとする審決の認定自体に何ら誤りはない。なお、本願意匠の上方頂面部と下方底面部における容体径の差異は、上記の程度にとどまるものであるから、審決が中心付近の容体径に注目したことには、特段の問題はない。

3  差異点の看過

(1)  本願意匠と引用意匠とは、共に意匠に係る物品を「包装用容器」とするものであって、意匠に係る物品が伸縮性か非伸縮性かという点は、意匠に係る物品の同一性ではなく、意匠の形態の類似性を判断するに際して考慮すべきものである。

(2)  意匠が類似するとは、意匠に係る物品の取引者及び需要者が両意匠を混同することを意味すると解すべきであるから(最判昭和50年2月28日判タ320号160頁参照)、意匠に係る物品が伸縮性のものである場合において、このような物品の意匠の類否を判断するに当たっては、原則として、通常の使用状態における意匠を基準として類否を判断すべきである。したがって、縮退時における本願意匠の形態が通常の使用状態における引用意匠の形態と異なるからといって、両意匠の形態が非類似であるということはできない。通常伸張時の形態を対比して両意匠が類似するとした審決の判断は正当である。

(3)  前記のとおり、本願意匠の基本的構成態様を「稍縦長」、かつ、「略錐台筒状」であると表現した審決の認定に誤りはない。本願意匠と引用意匠が共にやや縦長である点で一致していることは明らかであり、また、引用意匠が下方にやや広がった形態であるものの下方への広がりが顕著ではないことから、両意匠が基本的構成態様において類似するとした審決の判断に誤りはない。

(4)  本願意匠は、蛇腹の幅が上端部において厚く下端部において薄いが、前記のとおり、本願意匠における蛇腹の間隔は、注意深く観察するとわずかに上端部において厚く下端部において薄いものの、その程度はわずかであって、蛇腹の幅が「ほぼ同一の間隔」で連続する引用意匠との間で看者の印象は異ならない。蛇腹の形態が「突弧面状」である点も、注意深く観察するとわずかに直線状でないことが看取し得る程度のものであって、両意匠において看者の印象は異ならない。本願意匠の蛇腹の数は12個であって、9個である引用意匠とで看者の印象は異ならない。頂面の段部については、その段差はわずかであるうえ、本願意匠に係る物品に関しては極くありふれた態様のものであって、看者の注意を引くものではない。口部の螺旋条は、一般にこの種物品全体の態様において注意を引く部分ではなく、本願意匠のものも特段特徴的な態様のものではない。底部の凹凸は、浅く小さいものであって、目立たないものである。

(5)  そうすると、原告主張に係る両意匠の具体的相違点は、いずれも看者に与える印象が薄いものであって、両意匠の類似性に影響を及ぼすものではないから、両意匠の基本的構成態様の類似性に照らし両意匠が類似するとした審決の認定に誤りはない。

4  以上のとおり、審決の取消事由についての原告の主張はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき事由は認められない。

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)

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